演劇と、ダンスと、子どもの遊びと、手芸と、読み物と書き物が好きです。好きなものいろいろをつれづれなるままに。
どう分類していいかわからないので、カテゴリは置いておく。
帰りのバスの中でうっかり泣きそうになった……というか、泣いたけど。号泣は免れたが。
簡潔に表現するのが難しいんだけど、この本ね、水俣病についてのノンフィクション文学なんですが、ちゃんと「文学」であるためなのか、患者さんたちの楽しい時間や、おかしかったりする瞬間もきちんと描かれているんです。
そういう描写をずっと追っていて「そうだよなあ、こういう側面だってあるよねえ」ってある意味気分が緩んでいたんですよ。なのに、というか何というか…直後に病気の原因である水銀を流している会社への激しい「打ち壊し」の描写があって、直前の穏やかな描写とのギャップに「ああ、これが悲劇ってことなんだ」と思ったらなんだかぶわーっと。
昨夜、少女電信交換手たちのテレビドラマとか観てしまったせいもあるんだろうけど。
いろんな意味でしんどくはなるんだけど、どうもそのしんどさを、今わたしは受け容れられる態勢にあるみたいだ。ので、逃さずに吸収したいなあ、と思う。
ぐるぐるいろいろ考えたのですが「逃さずに吸収しよう」という私になれるまでにはいろーんな人のお世話になったなあ、とかも思い出したりして。
まとまらないなあ。
帰りのバスの中でうっかり泣きそうになった……というか、泣いたけど。号泣は免れたが。
簡潔に表現するのが難しいんだけど、この本ね、水俣病についてのノンフィクション文学なんですが、ちゃんと「文学」であるためなのか、患者さんたちの楽しい時間や、おかしかったりする瞬間もきちんと描かれているんです。
そういう描写をずっと追っていて「そうだよなあ、こういう側面だってあるよねえ」ってある意味気分が緩んでいたんですよ。なのに、というか何というか…直後に病気の原因である水銀を流している会社への激しい「打ち壊し」の描写があって、直前の穏やかな描写とのギャップに「ああ、これが悲劇ってことなんだ」と思ったらなんだかぶわーっと。
昨夜、少女電信交換手たちのテレビドラマとか観てしまったせいもあるんだろうけど。
いろんな意味でしんどくはなるんだけど、どうもそのしんどさを、今わたしは受け容れられる態勢にあるみたいだ。ので、逃さずに吸収したいなあ、と思う。
ぐるぐるいろいろ考えたのですが「逃さずに吸収しよう」という私になれるまでにはいろーんな人のお世話になったなあ、とかも思い出したりして。
まとまらないなあ。
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お店を出てからにこにこが止まりません。
女の子イラストのTシャツを結構好んで着るのですが、そのイラストがアーティストさんのものであることも多い。今日買ったのは、作家さんが自分で描いた絵をプリントしたシャツやら自分でセレクトした作家さんの作品を売っているお店です。
もう、結構長いお付き合い。
町屋を改造してあるお店の雰囲気も、置いてあるものも、店主さんの描く女の子もとっても好きなので、そうしょっちゅうお買い物出来る訳でもないけど、よく覗きに行くの。
もともと女の子の絵が好きなのですが(奈良美智さん好きだしね)、この店主さんの描く女の子の瞳が好き。
HP(http://torowa.ocnk.net/)にギャラリーがあるので、興味がある人は是非覗いてみてみて。イチオシは「BLACK HAIR AND BLACK EYES.」。お店に行くと原画が飾ってあって、いつもうっとり見つめてしまいます。
いろいろ迷った末、少し長めのてろんとした生地のTシャツを買いました。
HPに画像出てるかな、と思って探したけど無かったから自分で撮ってみました。普段こんなことしないよあたし。浮かれてるな、やっぱり。
UNISEXデザインで、大体メンズMくらいなのでサイズ的にはちょいオーバー気味だけど、着たら身体にフィットしますよー、と言われて居たのですが……家帰って改めて着てみて「おお、ホントだ」と思いました。
ワンピースまで行かないけど、このくらいの長さも可愛いなあ、と。いろんな着方も出来そうですし。
何よりイラストが好きー。
他にも「あ、この女の子可愛い」と思ったTシャツやらポロシャツやらあったんですが、シャツのサイズやら色やらプライス的に2枚目がキツい、等々の理由により見送り。
しかし、この夏の「自分へのごほうび」はちょっと多い気がするよ。いいのかな。
こんなん↓(全体図とイラスト拡大)です。

女の子イラストのTシャツを結構好んで着るのですが、そのイラストがアーティストさんのものであることも多い。今日買ったのは、作家さんが自分で描いた絵をプリントしたシャツやら自分でセレクトした作家さんの作品を売っているお店です。
もう、結構長いお付き合い。
町屋を改造してあるお店の雰囲気も、置いてあるものも、店主さんの描く女の子もとっても好きなので、そうしょっちゅうお買い物出来る訳でもないけど、よく覗きに行くの。
もともと女の子の絵が好きなのですが(奈良美智さん好きだしね)、この店主さんの描く女の子の瞳が好き。
HP(http://torowa.ocnk.net/)にギャラリーがあるので、興味がある人は是非覗いてみてみて。イチオシは「BLACK HAIR AND BLACK EYES.」。お店に行くと原画が飾ってあって、いつもうっとり見つめてしまいます。
いろいろ迷った末、少し長めのてろんとした生地のTシャツを買いました。
HPに画像出てるかな、と思って探したけど無かったから自分で撮ってみました。普段こんなことしないよあたし。浮かれてるな、やっぱり。
UNISEXデザインで、大体メンズMくらいなのでサイズ的にはちょいオーバー気味だけど、着たら身体にフィットしますよー、と言われて居たのですが……家帰って改めて着てみて「おお、ホントだ」と思いました。
ワンピースまで行かないけど、このくらいの長さも可愛いなあ、と。いろんな着方も出来そうですし。
何よりイラストが好きー。
他にも「あ、この女の子可愛い」と思ったTシャツやらポロシャツやらあったんですが、シャツのサイズやら色やらプライス的に2枚目がキツい、等々の理由により見送り。
しかし、この夏の「自分へのごほうび」はちょっと多い気がするよ。いいのかな。
こんなん↓(全体図とイラスト拡大)です。
行って来ましたよ、「水俣・新潟展」(今まで、タイトル逆にしてた気がするが)。
辛くなるだろうなーって思ってて、やっぱり見終えて辛くなったけど、良かったな。行って、良かった。
いつも帰りのバスに乗るバス停にね、ポスターが貼ってあったんです。
だから、毎日どうしよっかなあ、でも休むの優先かなあって思っていた。どうしても行ったらイロイロ考えるだろーな、とかわかってたし。正直、しんどいな、って。
でも、結局「知ることから始めよう。」というポスターに書かれた一文が、背中を押してくれました。
なんか、捕まえ損ねちゃいけない気がしたのね。
新潟も、いわゆる新潟水俣病と言われる公害病が発生している地域です。だけど、私の知識と言えば小中学校の社会科程度。それが、勿体ない気がして。
ちょっと話が飛びますが、先日長岡の空襲の話を地元のテレビ局がドキュメンタリーにまとめていて、その番組を見ながらも「身近な話なのに知らないなあ」って思ったんですよ。
9条を活かして平和な世界を、なんて活動してるのに、同じ県内であった悲劇をきちんと知らないんだなあって。もちろん、ヒロシマやナガサキの原爆被害について知るのも大事なことですが、足元がおろそかって言うか、まず、新潟で起きたことをちゃんと知るべきなんじゃないのかなあって。
そんな思いがベースにあったせいかもしれない。
実際は、ホントに「水俣」の展示がメインだったので新潟のそれについては展示室が別で、ちょっと時間が足りなくて見て来れなかったんだけども、基本的なところをまずとらえるっていう意味で、良い経験させてもらったと思います。
展示の最後に、亡くなった方たちの遺影が集められているブースがありました。
ぐるりと円形を描く形で並べられた小さな女の子や、網元だったおじいさんや、写真さえ遺すことなく亡くなった方の仏壇の写真。
すごく「見られてる」気がした。
長野にある戦没画学生の美術館「無言館」なんかでも似たような感覚になったことがあるのですが、どう生きるかを突きつけられるというか、自分が生きていることに責任ってそれ自体発生するもんなんだな、と思わせられる。
忌まわしい物事の犠牲になった人たちを前にするとき、やっぱり誓わなくちゃいけない気がする。繰り返さないことを。
水俣病以外の公害病にも、病気それ自体に苦しめられたり、理解されずに差別されたり、認定に際して批判を浴びたりという背景がきっとあって、それら全部について私一人が活動できたりするわけじゃないんだけど。
少なくとも、知ることと、忘れないことはできるから。
何でも、問題の根っこは同じじゃないのかなあ、と思うんだけど。
たいせつなものはなんですか?ってこと。
生活が便利になれば、こんなに悲惨な事態を引き起こしてもいいんだろうか。
いいわけないよな。
この「水俣展」は東京とか、大阪とか名古屋とか、各地で行われていて、そのポスターも展示されていました。そもそも写真が良いんだけど、ポスターがまた良い。
沖縄や広島のときのポスターには「もうひとつの悲劇」みたいな(性格な文言忘れたけど)一文が書かれていて、地上戦や原爆のことが意識されているんだな、って思うのとともに、やっぱり問題の根幹がどっか繋がってるんだなーって感じました。
もともと文章がすごく好きな石牟礼道子さんの『苦海浄土』も読んだことなかったので買ってきました。今の勢いでないと取り組めない気がするので。
……そして、やるべきことがどんどん増えていく。うん、知ってたけどね。
辛くなるだろうなーって思ってて、やっぱり見終えて辛くなったけど、良かったな。行って、良かった。
いつも帰りのバスに乗るバス停にね、ポスターが貼ってあったんです。
だから、毎日どうしよっかなあ、でも休むの優先かなあって思っていた。どうしても行ったらイロイロ考えるだろーな、とかわかってたし。正直、しんどいな、って。
でも、結局「知ることから始めよう。」というポスターに書かれた一文が、背中を押してくれました。
なんか、捕まえ損ねちゃいけない気がしたのね。
新潟も、いわゆる新潟水俣病と言われる公害病が発生している地域です。だけど、私の知識と言えば小中学校の社会科程度。それが、勿体ない気がして。
ちょっと話が飛びますが、先日長岡の空襲の話を地元のテレビ局がドキュメンタリーにまとめていて、その番組を見ながらも「身近な話なのに知らないなあ」って思ったんですよ。
9条を活かして平和な世界を、なんて活動してるのに、同じ県内であった悲劇をきちんと知らないんだなあって。もちろん、ヒロシマやナガサキの原爆被害について知るのも大事なことですが、足元がおろそかって言うか、まず、新潟で起きたことをちゃんと知るべきなんじゃないのかなあって。
そんな思いがベースにあったせいかもしれない。
実際は、ホントに「水俣」の展示がメインだったので新潟のそれについては展示室が別で、ちょっと時間が足りなくて見て来れなかったんだけども、基本的なところをまずとらえるっていう意味で、良い経験させてもらったと思います。
展示の最後に、亡くなった方たちの遺影が集められているブースがありました。
ぐるりと円形を描く形で並べられた小さな女の子や、網元だったおじいさんや、写真さえ遺すことなく亡くなった方の仏壇の写真。
すごく「見られてる」気がした。
長野にある戦没画学生の美術館「無言館」なんかでも似たような感覚になったことがあるのですが、どう生きるかを突きつけられるというか、自分が生きていることに責任ってそれ自体発生するもんなんだな、と思わせられる。
忌まわしい物事の犠牲になった人たちを前にするとき、やっぱり誓わなくちゃいけない気がする。繰り返さないことを。
水俣病以外の公害病にも、病気それ自体に苦しめられたり、理解されずに差別されたり、認定に際して批判を浴びたりという背景がきっとあって、それら全部について私一人が活動できたりするわけじゃないんだけど。
少なくとも、知ることと、忘れないことはできるから。
何でも、問題の根っこは同じじゃないのかなあ、と思うんだけど。
たいせつなものはなんですか?ってこと。
生活が便利になれば、こんなに悲惨な事態を引き起こしてもいいんだろうか。
いいわけないよな。
この「水俣展」は東京とか、大阪とか名古屋とか、各地で行われていて、そのポスターも展示されていました。そもそも写真が良いんだけど、ポスターがまた良い。
沖縄や広島のときのポスターには「もうひとつの悲劇」みたいな(性格な文言忘れたけど)一文が書かれていて、地上戦や原爆のことが意識されているんだな、って思うのとともに、やっぱり問題の根幹がどっか繋がってるんだなーって感じました。
もともと文章がすごく好きな石牟礼道子さんの『苦海浄土』も読んだことなかったので買ってきました。今の勢いでないと取り組めない気がするので。
……そして、やるべきことがどんどん増えていく。うん、知ってたけどね。
でしたこと。
というより、やはり9時からの飲みなんか翌日8時出勤なのに行くべきでなかったとゆーことでしょう。
つか、カラオケという会場設定に問題があったんではないだろうか?
初対面の人たちをいきなりカラオケボックスの一室に閉じ込めても、盛り上がりようがないよ、やっぱり。
まあ、久し振りだったのでそこそこ歌ってきましたけれど。
でも、今日職場行って改めて「なんて良い環境だろう」と思ってしまいました。出会いのない私を不憫に思ってくださるのか「昨夜は合コンに付き合わされて帰ったら3時でした」と言っても顔をしかめる方が一人もいらっしゃらないという。少しは若者らしいことをしていた方がむしろ安心される雰囲気すらあるし。
けども、今日は眠かったー。
だがしかし、子どもたちも同様の様子でした。
学童に通って来る子たちなんて、当然親が忙しいんで、まともに「遊べる」なんてお盆の間くらいなんだよね。いつも途中で起きてしまう子や、なかなか寝ない子も、今日はぐっすりたっぷりお昼寝してくれて、起こすのにしのびないほどだったので、起きない子は最大30分延長でそのまま寝かせておきました。
お休みの間、ちゃんとバカンスっぽいこと出来てたのかなあ、って安心したんだけど、一人、普段は背中をとんとんされるのすら嫌がる子がやたらべたべたしながら挙げ句あたしの指握り締めたまんま寝入ったのが気になって、今日はその子の隣で寝ました。
お母さんと離れて暮らしている子で、お盆の間会って来ている筈なんだけど、どうだったのかなあ、って、ちょっと心配。それぞれ事情はあるし、首突っ込めないし、出来る限りのことをしてもらっても寂しいってことはあるから、仕方ないんだけどねえ。
それはともかく。
週末にしようかな、とか言っていた書き物が全然進んでません。
でも、今日は眠いんだよな。
20日にするか……でも「新潟・水俣展」を観にいくことにしてしまったから、その前に観劇記録書かないと、別のものを書き始めそうだしな。
7月12日に中学生のところでやったワークショップの参加者へのメッセージもまだ書いてないんですよ、そろそろやばいですよ。
わーん、やることがいっぱいだー。
というより、やはり9時からの飲みなんか翌日8時出勤なのに行くべきでなかったとゆーことでしょう。
つか、カラオケという会場設定に問題があったんではないだろうか?
初対面の人たちをいきなりカラオケボックスの一室に閉じ込めても、盛り上がりようがないよ、やっぱり。
まあ、久し振りだったのでそこそこ歌ってきましたけれど。
でも、今日職場行って改めて「なんて良い環境だろう」と思ってしまいました。出会いのない私を不憫に思ってくださるのか「昨夜は合コンに付き合わされて帰ったら3時でした」と言っても顔をしかめる方が一人もいらっしゃらないという。少しは若者らしいことをしていた方がむしろ安心される雰囲気すらあるし。
けども、今日は眠かったー。
だがしかし、子どもたちも同様の様子でした。
学童に通って来る子たちなんて、当然親が忙しいんで、まともに「遊べる」なんてお盆の間くらいなんだよね。いつも途中で起きてしまう子や、なかなか寝ない子も、今日はぐっすりたっぷりお昼寝してくれて、起こすのにしのびないほどだったので、起きない子は最大30分延長でそのまま寝かせておきました。
お休みの間、ちゃんとバカンスっぽいこと出来てたのかなあ、って安心したんだけど、一人、普段は背中をとんとんされるのすら嫌がる子がやたらべたべたしながら挙げ句あたしの指握り締めたまんま寝入ったのが気になって、今日はその子の隣で寝ました。
お母さんと離れて暮らしている子で、お盆の間会って来ている筈なんだけど、どうだったのかなあ、って、ちょっと心配。それぞれ事情はあるし、首突っ込めないし、出来る限りのことをしてもらっても寂しいってことはあるから、仕方ないんだけどねえ。
それはともかく。
週末にしようかな、とか言っていた書き物が全然進んでません。
でも、今日は眠いんだよな。
20日にするか……でも「新潟・水俣展」を観にいくことにしてしまったから、その前に観劇記録書かないと、別のものを書き始めそうだしな。
7月12日に中学生のところでやったワークショップの参加者へのメッセージもまだ書いてないんですよ、そろそろやばいですよ。
わーん、やることがいっぱいだー。
駄々っ子の発言だと思って呼んで欲しいタイトル。
怒涛のお盆期間が終わりましたですよ。あと、山は20日の水族館遠足だけさ。
なんつーか、今日仕事終わってみて初めて気がついたけど……疲れてたんだね、あたし。れいぞーこの中身が寂しかったのでお買いものに行ったんだけども、売り場をぐるぐる回りながら、ちっとも何を作るのか頭に組み立って行かないという。
一人暮らしって、材料を使い切らなきゃいけない重圧があって嫌。明日の夜のゴハンも微妙だし。
ふつー合コン9時からやらないよなあ(あ、もちろん夜だよ?)。
もともとかなり「お付き合い」気分で行くのに、ますます気配が濃厚になってきたし。まあ、誘ってくれた子に会いに行くと思えばきっと腹も立たない。うん。
そうそう、食料を買い出す前に和雑貨のお店に寄ったのですが(和モノ大好き)、カワイイ指輪を見つけたので即買いしてしまいました。くふ。
直径1.5センチほどの厚めのおはじきみたいなガラスの底に赤っぽい和布と小さなちょうちょが閉じ込められているの。手が大きい上に指も太いあたしが中指に嵌る(上に回る。ぴったりなのは多分人差し指)ので、ふつうの女の子親指でも大きいんじゃないか、と思うんですが。
でもいいんだ、自分の指に嵌ってるの見てて楽しいからー。
出来れば和装してるときにつけられるともっといいな。
すごく可愛い浴衣も発見したのですが……この時期にセールしてない浴衣はお財布が痛すぎる。着る機会も無いというのに。薄い灰色地にレトロチックなバラが小さめに配置されているのです。ぅうう…すっごい着てみたい。アレだったら、帯が紅くてもいいもんなあ。手持ちの簡易帯で何とかなる。
しっかし、毎日のよーに日記を更新していて、ヒマだなあ、自分、と我がことながらに思ったり。何かこう、吐き出さないと煮詰まりそうなんだよね。
観劇記録のことも考えつつ、ここ何日かの実感を踏まえて久し振りに物語っぽい文章を書けそうなので、週末中にトライしてみようかと。出来たらonline駄文に上げまーす。
怒涛のお盆期間が終わりましたですよ。あと、山は20日の水族館遠足だけさ。
なんつーか、今日仕事終わってみて初めて気がついたけど……疲れてたんだね、あたし。れいぞーこの中身が寂しかったのでお買いものに行ったんだけども、売り場をぐるぐる回りながら、ちっとも何を作るのか頭に組み立って行かないという。
一人暮らしって、材料を使い切らなきゃいけない重圧があって嫌。明日の夜のゴハンも微妙だし。
ふつー合コン9時からやらないよなあ(あ、もちろん夜だよ?)。
もともとかなり「お付き合い」気分で行くのに、ますます気配が濃厚になってきたし。まあ、誘ってくれた子に会いに行くと思えばきっと腹も立たない。うん。
そうそう、食料を買い出す前に和雑貨のお店に寄ったのですが(和モノ大好き)、カワイイ指輪を見つけたので即買いしてしまいました。くふ。
直径1.5センチほどの厚めのおはじきみたいなガラスの底に赤っぽい和布と小さなちょうちょが閉じ込められているの。手が大きい上に指も太いあたしが中指に嵌る(上に回る。ぴったりなのは多分人差し指)ので、ふつうの女の子親指でも大きいんじゃないか、と思うんですが。
でもいいんだ、自分の指に嵌ってるの見てて楽しいからー。
出来れば和装してるときにつけられるともっといいな。
すごく可愛い浴衣も発見したのですが……この時期にセールしてない浴衣はお財布が痛すぎる。着る機会も無いというのに。薄い灰色地にレトロチックなバラが小さめに配置されているのです。ぅうう…すっごい着てみたい。アレだったら、帯が紅くてもいいもんなあ。手持ちの簡易帯で何とかなる。
しっかし、毎日のよーに日記を更新していて、ヒマだなあ、自分、と我がことながらに思ったり。何かこう、吐き出さないと煮詰まりそうなんだよね。
観劇記録のことも考えつつ、ここ何日かの実感を踏まえて久し振りに物語っぽい文章を書けそうなので、週末中にトライしてみようかと。出来たらonline駄文に上げまーす。